描かずにはいられない、という純粋な欲求について ヘンリー・ダーガーと郵便配達夫シュヴァルの話

ヘンリー・ダーガーが描いた、少女たちの戦い

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

ヘンリー・ダーガーは1892年シカゴで生まれました。
4歳で母親と死別し、父親に育てられます。
飛び級するくらい利発な子供だったようですが
父親の病気のため、施設で育つことになります。

16歳で施設を飛び出し掃除夫として働き始め
皿洗いや掃除の仕事をしながら生涯孤独に暮らすのですが
そんな生活の中で、19歳から描き始めたのが
非現実の王国で」という、空想の物語/絵/コラージュの作品です。

「ヴィヴィアン・ガールズ」という少女戦士たちが
子供奴隷制度をもつ軍事国家との戦いの中で
何度もつかまりながらも機転と勇気で脱出し、最後は勝利する、という物語。

子供たちとそれを利用しようとする大人/現実との戦いという
ダーガーの子供時代が色濃く反映された作品ですが
両性具有に描かれた少女など、ダーガーが現実の生活では
ほとんど人と接触が無かったことも伺えます。

作品は81歳で亡くなる半年前まで書き続けられますが
ダーガーが病気で救貧院に入ったあと、アパートの大家によって発見されるまで
誰もその存在を知りませんでした。
「発見」されるとその作品性が人々の驚嘆を呼ぶことになるのですが
描いた本人は「作品」という認識が無く、
死んだら焼却してほしいといっていたらしい。

そこにあるのは純粋に「描かずにはいられないという欲求」であり、
逆に無いのは「誰かに認められたいとか目立ちたいといった自己顕示欲」です。

この他人との関係性と関わらない、
自分という単独の存在から絶対的にうまれた
「描きたい」という欲求の表出に多くの人が打たれ、
強く魅了されることになりますが、それはダーガーが意図したことではありません。

●郵便配達夫シュヴァルの理想宮

郵便配達夫シュヴァルの理想宮 (河出文庫)

郵便配達夫シュヴァルの理想宮 (河出文庫)

1836年、フランスの田舎で生まれたシュヴァルは郵便配達夫でした。
徒歩で配達していたある日、奇妙な形の石を見つけ自宅に持ち帰ります。

以来33年間、石工や建築の知識もまったくない彼が
変わった石を拾っては自宅庭で積み上げ、石の宮殿を作っていきます。
当初は近隣の人に白い目で見られますがこの「宮殿」の話が広がると
観光名所となっていきます。

シュヴァルは死後この宮殿に埋葬されることを望みますが
近所の人たちに反対され、村営墓地に宮殿に似たお墓を作り埋葬されたそうです。

その後文化人らがこの宮殿を称賛、現在はフランス政府により重要建造物に指定され
修復も行われているらしい。

●描かずにはいられない

かつて高校生の頃に思いました。
感受性は強く、実際に出来ることよりも自己顕示欲のほうが
無駄に、何倍も多くある年頃です。
自分が苦しいのは「自己顕示欲があるからだ」と。
それゆえの、人に認められたい、良く思われたい、評価されたいという気持ち。

芸術家の多くはそうした強い存在感や自我を純粋に育て
作品に表出させていくものだと思いますが
ダーガーやシュヴァルには、そうした感覚が透けて見えません。

自己顕示欲を離れた表現意欲。
描かずにはいられない、作らずにはいられない、強くて純粋な欲求。

アウトサイダー・アートと一言で片づけてしまえばそれまでです。

しかしこうした「作品」をみると自分の中に遠い昔しまいこんだ感覚や
その後通り過ぎた長い時間について思いをはせずには居られません。