とっさに日が暮れる


私が小学校3年か4年の国語の時間のときのことです。
教科書にでてきた形容詞を使って短文を作る、
という問題が単元ごとにありました。

たなかくみこちゃんという女の子が担任の先生に指されて
「"とっさに"という言葉を使って何か文章を作ってみて」
と言われました。

すると彼女はちょっと考えて、
「とっさに日が暮れる」と答えたのです。
教室の生徒みんなが笑いました。

先生も笑って、
「とっさに日が暮れるか?」と言い、
くみこちゃんも自分が変なことを言ってしまったのに気づいて
笑いながら何か言いなおしました。

これだけのことなのですが、
今でもずっーーと覚えているのです。
当時のクラスの同級生の名前も、
教科書にどんな作品が載っていたのかなども全部忘れているのに。

だって、あまりにシュールな情景だと思いませんか。
何かアクシデントがあって、
恥ずかしくなった太陽がとっさに地平線以下に隠れてしまった景色。

これも20年くらい前の話ですが
作家の島田雅彦氏がエッセイに
「慣用的な言葉も倒置すると斬新な表現になる」
と書かれていた記憶があります。
「真っ赤な嘘」というのは慣用句ですが、これを
「その嘘は真っ赤だ」と言い替えると
「えっ」と思わせる文章になる、というものです。

大人になればなるほど、年をとればとるほど
予定調和的な表現や言い回しがたくさん蓄積されてきて
「あれ、自分はこんなこと言いたかったんだっけ」
としゃべりながら思うことがあります。

つい相手が望むようなことや
場が要求するような表現を使ってしまうようになるのですが
何か納得できない自分がいます。

そうした違和感を感じる自分に
「とっさに日が暮れる」は
いつもちょっとした修正を加えてくれるのです。