スカートをはいたおじさん


時も場所も詳細は伏せます。

会社のお昼休み、当時同じフロアの女性社員10人くらいで
一緒に昼食を食べていました。
仕事の話やたわいのない噂話、世間話をしながら食べるわけですが
中には都市伝説みたいな話や、
心霊写真の真偽などが昼食ネタとして流行ったこともありました。

そんなときに、
「会社の近くでスカートをはいたおじさんが現れる」
という話を誰かがしました。
聞いた私は、いつものようにテキトーな噂話か
精神的に病んだ人なのかなと短絡的に考えました。

通勤先は地下鉄の3つの駅から徒歩5分〜10分程度の便利な立地で
いくつか試した結果、一番乗り換えの少ない経路に変更しました。
降りる駅を変えてしばらくした時のことです。

朝8時前の、都心では早朝の駅。
ラッシュ前でまだ人通りもまばらです。
眠さとぼんやりさを引きずってのろのろ駅の階段を登って行った私は
ふと気配を感じて目をあげました。
前を行く男性が、スカートをはいていました。

40代くらいの男性だと思います。
中肉中背で、髪は短く、ごく普通の日本人のサラリーマンです。
しかし男性はチェックの巻きスカートをはいていました。
足元は膝までのソックス、頭にはベレー帽。
靴はローファー。
クラッチバッグみたいな手持ちの小さなバッグを抱えていました。

スカートをはいていること以外、何も変なところはありません。
ごくまっとうな会社員、という雰囲気でした。
感じたのは、病気でも何でもなく
この男性は「確信犯的にスカートをはいている」
ということでした。

男性はシャキシャキ歩いて、目的の方向?
(会社なのか学校なのかわかりませんが)に歩いて行きました。

見ていてなんだか嬉しくなりました。
自分のポリシーを貫いて生きている人もいるんだな、
とわけもなく嬉しかったのです。
着いて行って話をしてみたいくらいでした。

すれ違うサラリーマンたちはびっくりして、
スカートをはいたおじさんを振り返ってじろじろ見ていました。
でもじろじろ見ている方が何だか行儀が悪く、
低劣な好奇心むき出しの視線のように感じられました。

毎日判で押したような日常に、一瞬裂け目が現れたショックを感じました。
自己責任ながら、仕事も遠距離通勤もかなりうんざりしていたときに
小さいけれど鮮明な衝撃を受けた事件でした。
でも「スカートをはいたおじさんをみたよ!」とは
会社では言いませんでした。

今でもスカートをはいたおじさんの詳細は不明です。
たった一度きりの遭遇でした。
いまでもどこかでスカートをはいて生活しておられるのでしょうか。