夏が、終わろうとしていた

「夏が、終わろうとしていた。」
これは森瑤子のデビュー小説、「情事」の最初の一行である。

この本を読んだのは20年以上前、学生の時だったと思う。
電車の待ち時間に駅ビルの中の本屋で立ち読みしたのだ。

スピード感のある文章は素人の域を超えていると思ったが
内容はなんだかサガンとかデュラスとかの模倣に感じられて
惹かれはしなかった。
ただ何となく、主婦って苦渋な立場だな、と言うことが気になったのだ。
ものすごく乱暴に言うと、
森瑤子の小説は夫もしくはそれに類する立場の男性が、
自分を女性として扱わなくなりつつあることに傷ついた妻が不倫に走る、という
話がほとんどである。
それは20歳くらいだった自分にとって、とても不吉な未来像に感じられた。

「夏が終わろうとしていた」というのは、
夫と娘のいる35歳の主人公の女性の比喩だ。
35歳なんて今では若い範疇だと思うが
何歳にせよ、そうした社会的性別をもって生きた時間が終わりに近づく、
という焦燥感・傷つく気持ちは時代が変わっても不変だろう。

私達は相変わらず、若さとか容姿で評価され続け、
常にその価値観によって何らかの損傷を受けるのだ。

AKB48とかグラドルとか、
女性の消費スピードはインターネットの影響で加速している気がするし
いわゆる「美魔女」と言われる年齢不相応に若い容姿を保持しているひとも
ものさしは同じだ。

今の若い人は森瑤子の小説は読まないだろう。
でも、女性という性別の宙ぶらりんな立場が昔と変わったわけではない。

情事 (集英社文庫)

情事 (集英社文庫)