ひとも犬も年をとる。シェパード、タケの十五年。 「犬心」伊藤比呂美

犬心

犬心

読みたい本がない。
このところずっとそう思っていた。

ビジネス書も、ストーリーテラーだけの小説も、読みたくない。
文章そのものが、ぎゅっとかみしめられて
じわっと味がにじみ出てくるような、そういうものが読みたい。
で、これはまさにそういう本だった。

タケは雌のジャーマンシェパード
カリフォルニアで、著者家族と暮らす。
幼いころは犬の幼稚園を落第するやんちゃぶりだったが
時間はあっという間に過ぎ、タケはどんどん年をとった。

この犬の話を最初に読んだのは10年位前、毎日新聞の日曜版に
「いちこちゃんのおばちゃん」というタイトルで連載されていたエッセイだった。
(「伊藤ふきげん製作所」と改題して出版)
著者の3人の娘たちの生活に時々混じって登場したのが
まだ幼かった頃のタケだった。

そうか、あの子犬がこんなに大きくなったのか。
そして年をとって、死を迎えようとしている。

無秩序ながら、とにかくかわいく楽しい子犬の時代。
社会性の獲得と抑えきれないエネルギーが入り混じる、青年期。
家族を守る気持ちと鋭敏な知覚にあふれた壮年期。

そうした時期を過ぎて、いぬも老年期に入る。
人ももちろん大変だが、犬の介護も大変である。大型犬は特に。
そしてジャーマンシェパードは立派な大型犬。
しっぽをふっただけで植木鉢が倒れる大きさなのだ。

いぬを飼う人は、いつか介護するときに備えて
本書を読んでおいた方がいい。
とにかく下の世話、下の世話、下の世話、である。

散歩もできなくなる。励まして短い距離を歩かせる。
動くのも大変になって、家中がいぬのふんやおしっこのにおいであふれる。
でも、タケは家族なのである。

警察犬のような訓練を受けたタケが過去2度、人を噛んだ。
1回は次女が公園の警備員にいやがらせをされたとき。
2回目はものさしを持った工事の人が家に入ってきたとき。
タケにとって家族は自分が守るものだった。
そしていま、タケは衰え、動けなくなった。

タケが老いていくのと同時に、
熊本で暮らす著者の89歳の父の様子が交互に語られる。

日米を行ったり来たりしながら、
父といぬの両方を丁寧に面倒をみて、
残り少ない時間でコミュニケーションしつつ
老いと死に対する諦めと悲しみに向き合う。
近い将来、自分もそうなると思いながら。

タケは行ってしまう。
お骨になったタケを引き取りに行ったとき著者の口から出たのは
「タケの母です」だった。


保護する側であり、保護される側である犬たち。
相思相愛の関係の、たった十数年という短さ。
その間、お互いに年をとっていくが、
たくさんのことを飼い主に学ばせていく。

十数年をかけぬけていってしまった後も
たくさんのプレゼントを残して。

だから、結局はいぬ自身が、贈り物なのだ。