夏休みの男の子

私が通勤で使う地下鉄は、ラッシュ時の乗車率が200%近い。
うっかり変な所に動ていくと、息が苦しいくらいの最悪な状況になる。

ある8月の朝、そんな電車の出入り口近くに
小学生の男の子が一人、手すりにつかまって立っていた。
野球帽をかぶり、背中にリュックサック、
片手にはお菓子のはいった紙袋を下げている、
小学4年生くらいの男の子。

1人で電車に乗って、おじいちゃんちに行くんだなあ。
かわいいなあ。えらいなあ。

しかし、何しろ大人でさえ過酷な通勤電車だ。
横に立っていた私は、まずいなと思った。

案の定、途中で男の子は乗ってくる大人たちに360度囲まれて
ミツバチに囲まれたスズメバチみたいになってしまった。
(ミツバチはスズメバチに襲われると、多数の集団で
取り巻いて熱死させる)

大丈夫かなあ。パニックだろうなあ。
と思っていたら、若干の乗客が降りる駅で、
奇跡的に私の前の席が1つ空いた。

私は席を確保しつつ、
背後にいた男の子を引っ張り出し、
背中を押して座席に座らせた。

彼はちょっと会釈する様子を見せて座った。

やれやれ、これで大丈夫だろう、と思ったのもつかの間、
あっというまに彼は船を漕ぎだすと
頭をがっくり落として寝入ってしまった。

これは困った。
もう数駅で私は降りる。
眠ってて乗り越さないのか。

どこで降りるか聞いてみようか。
しかし誘拐だと思われてもなあ。
個人情報保護の時代だし。

結局私は彼を起こさず、乗り換え駅で降りた。
多分途中の通勤客が乗降する駅より、先の駅にいくのだろう。
そこには東京の西側、人気の住宅地がある。

それともどこかで乗り換えなきゃいけなかっただろうか。
無事おじいちゃんちに着けたかなあ。

8月に通勤電車に乗っていると
この男の子のことを、時々思いだす。
生意気盛りのうちの甥の姿と重なるのだ。