子供の頃の読書

姪が7歳の頃、一緒に「千と千尋の神隠し」を観に行きました。

こちらはストーリーも分かっているし、
「相変わらず説教臭いアニメだなあ」と思いながら観ていたのですが
隣にいる姪は、千尋が真っ暗な中急な階段を駆け降りるシーンで
「怖いよ」と小さな声で言うのです。
「このあと、親切なおじさんが助けてくれるから大丈夫」と言いましたが、
私はそんな風に映画を観られる彼女に嫉妬しました。
姪は、この主人公に感情移入して観ている。
そして自分は、もうそうした観方は二度とできない。

子供の頃、「次郎物語」「あしながおじさん」「秘密の花園」といった
周囲の大人に大切にされていない子供や少女がやがて幸せになる、
という物語に非常に共感し、感情移入して読んだものでした。
砂漠で小さな男の子が遭難する映画を小学校の体育館で見せられ、
次々困難に見舞われる子供に感情移入しすぎて、
具合が悪くなったこともありました。

しかし今は決してそうした本の読み方や映画の観方はできません。
作り手や大人の側、社会的な視点からしか鑑賞しないからです。

かつてはあんなに入り込んで読んだ本の世界も、
今となっては構造や構成や関係性やアナロジーで読み解く
つまらない大人になってしまいました。

そう考えると、
多少理解できなくとも、子供や青年期に多くの本を読んでおく、
ということは重要だと思います。
10歳でしか感じられない事と40歳で理解することは
同じ本を読んでも違うからです。

私が子供の頃はインターネットもゲームもないし
外で遊ばなければ、家では本を読むくらいしかありませんでした。
そうして読んだ本が今の自分の感情や感じ方の多くを作っていると感じます。
暇でぼっーとしていたことが多かったけれど、
結構贅沢な時間を過していたんだな・・・と思うのでした。

[ミステリー仕立てなので、少女の感受性をなくしても面白く読めます]

忘れられた花園 上

忘れられた花園 上