大人が子供の中に既定するもの -Sunny /松本大洋-

Sunny 第1集 (IKKI COMIX)

Sunny 第1集 (IKKI COMIX)

Sunny 2 (IKKI COMIX)

Sunny 2 (IKKI COMIX)

2歳違いの三人兄弟、という我が家では
日曜日、父が子供達を外に連れ出して母の負担を軽減することがあった。
子供達を車に乗せて、仕事やちょっとした用事のついでに
河原や田んぼで遊ばせたものだ。
それ自体は楽しい記憶である。

ときどき、仕事や買い物で父が私達を残して
車を離れることがあった。
すぐ戻ってくるのだが、そんなとき
「このまま置いていかれるのではないか」
と不安に思う事があった。

どんな子供の中にも、
「親に捨てられたらどうしよう」
という不安な気持ちがある。
大人になるとすっかり忘れてしまうが、
親に生存を負っている小さな存在にとって
親は極めて絶大で、決定的な存在だ。

生活面だけでなく、両親、特に母親との関係性は
その後の人生において、あらかたの人間関係の根本を既定する。
ここで上手く周囲の人間との信頼関係や愛情関係を結べるかが
決まってくるといって良いと思う。

「Sunny」は、横浜で暮らす静(せい)という小学生の男の子が
母親に連れられて大阪の「星の子学園」という
児童施設にやってくるところから始まる。

園の中で暮らす子供たちとの関係、
社会人となって星の子学園を巣立った青年との交流や甘える様子、
血はつながっていないが、日々自分たちの生活の面倒を見てくれる大人たちとの関わり。
どれも、十分に甘え愛情の交歓をし依存したい気持ちと、
それが出来ない苛立ちがないまぜになっている。

母親が迎えに来て一緒に暮らせることを限りなく期待する気持ちと、
それが裏切られるときの小さな絶望。

園の敷地に放置してある廃車「Sunny」で子供たちが遊ぶことを
胎内回帰と考えることは容易い。
けれど「Sunny」の中で描かれる、
静かな悲しみと絶望と、小さな期待に満ちた生活は
大人になって安心な立場にいる者の勝手で安易な予定調和的発想など
排除するものである。

子供は大人より小さな世界の中で
社会化されない感受性と不安をもって、
「死」に近いところで暮らしている。
そして母親に捨てられたと思う事は、子供にとって死に近づくに等しい。

そうした子供時代を経て
今の自分があることを、大人になっても忘れない方が良い。
小さな存在だった頃の、寄る辺なさや不安、死への恐怖
といった感情が大人になった自分の始点なのだから。
それを忘れるために、多くの社会化された要素を身につけるのだから。

松本大洋自身の子供の頃の経験を忘れないうちに書いておこう、
というきっかから描かれているこの作品。
松本大洋の他の作品同様、登場する子供たち全てが
鮮明で抒情的で存在感をもって生きている。
相変わらず、大人と子供の両方に向けた優れた作品の送り手である。
読んでいると、せつなさと子供の頃の感情がよみがえってくる作品だ。