新しい世界が開ける素敵なお話 「島へ免許を取りに行く」星野博美 

島へ免許を取りに行く

島へ免許を取りに行く

主に東京で生活していると、自動車免許は全然必要ない。
取得しないまま20数年過ぎてしまったが不便と感じたことはない。

驚くのは群馬や茨城といった地域に住む人に
「家族の人数分、車を所有している」といった話をきいたとき。
うーん、たしかにクルマがないと生活できない場所はある。
オーストラリアに行ったとき「ここは車がないと生きていけないなあ」
と思ったっけ。

「島へ免許を取りに行く」は何気なく手にとって買った。
丙午生まれ。年取った飼い猫の死。仕事と人間関係の行き詰まり。
四方八方の行き止まりになって
「何か新しいことをしよう」と思った著者が
合宿制の教習所に通い、自動車免許を取得する、それだけの話だ。
なーんだ、と思うかもしれない。
しかし。これが滅法面白いのだ。

「車は常にいまいる場所を去ろうとし、ハンドルは元いた場所へ戻ろうとする。
車そのものが矛盾を抱えた生き物のようだ。人間みたいではないか。」

「部屋に帰ると、いままで全く使ったことのない脳の一部分を使ったらしく
後頭部の右下部分が熱くほてっていた。車の運転とはこんなに脳を使うものかと驚いた。」

「もし運転しないまま人生を送っていたら、この脳は使わないままだったのだろう。」

若い子たちがどんどん卒業していく中で
焦り、不安になり、しかし新しい能力を獲得していく。
なんて素敵なんだろう。


圧巻は、無事合格した後父親と練習するところ。
近所のガソリンスタンドの往復に1時間もかかる。
父親が怒る。その繰り返し。

そして「特訓修了試験」として両親を乗せてお墓参りに行く。
「初めてのドライブで墓場行きだ!」と冗談飛ばしつつ。

行く必然性があって、適当な距離で、道を覚えておく必要がある場所。
それがお墓だった。

父親が云う。
「俺たちが死んでも、ひとりで墓参りに来られるな。」

40代後半になって免許取るのに苦労する話だと思ったら大間違い。
(それもいっばいあるけど)
最後はじわっと泣かされます。

免許がある人もない人にもお勧めです。
「新しい能力を獲得することで、新しい世界が開ける」素敵なお話。